アルコール依存症からの回復

アルコール依存症からの回復のステップ

12&12~ステップ7~

私たちの怖れと短所を
取り除いてくださいと
謙虚に神に助けを求めた


神さま
私にお与えください
怖れと欠点を手放すために
自分に変えられないものを
受け容れる落ち着きを
変えられるものは
変えてゆく勇気を
そして
二つのものを見分ける賢さを



私たちは幾千年にもわたり
自分の割り当て以上の
平安と富とロマンを求めてきた。
それがうまくいっているように思えた時は
もっと大きな夢を見るために飲んだ。
それが少しでも挫折した時には
忘れようとして飲んだ。
これで充分だということは決してなかった。


これらの努力の多くは善意から
もたらされたものだった。
しかし
謙虚さに欠けていた。
それは致命的な欠陥だった。
物質的満足が人生の目的ではなく
人格形成や他者の役に立つことを
第一にすべきであることを知るだけの
洞察が私たちにはなかった。
物質的な欲望を満たすことを
人間として生きるための手段としてでなく
人生の最も大切な目的とみなしていた。


私たちのほとんどは
良い性格が望ましいと思っていた。
だが
それは自己満足の中で生きてゆくのに
良い性格が必要だったからだ。
私たちが誠実さやまじめさを示していたのは
物質的満足を手に入れるために
有利な立場に立つためだった。
他者の役に立つか?
物質的満足を手に入れるか?
このような選択を迫られると
人格をみがくことはすっかり忘れ
利己的な幸福を追い求めるのだった。


誠実さ、寛容、人間と神への愛などを
生きてゆく指針にしようなどとは
思ってもみなかった。


このように私たちが
人生の真の目的に
まったく目を向けなかったため
神の意志を知り
それに従いたいという気持ち
あらゆる謙虚さの基礎にあるこの気持ちが
欠けていたのだ。


私たちは
繰返し何度も屈辱を味わって
はじめて謙虚について学ばざるを得なくなった。
相次ぐ敗北と屈辱の長い旅路の果てに
自惚れがあとかたもなく粉砕された時
その時になってやっと私たちは
謙虚に「自分を超えた偉大な力」に
助けを求めた。


謙虚が
私たちが真の自由に向かう道だと考え
それを望ましいものとして進んで求めるまでには
実に長い時間がかかる。
自己中心主義でかみ合わされていた人生の歯車を
一度に全部逆回転させることはできないからである。


私たちは
自分の重大な性格上の欠点を探した。
それらの欠点は
私たちをアルコホーリクにした元凶であり
アルコホリズムの真っただ中に後戻りしないために
どうしても手放さなければならなかった。


恨み、怒り、嫉妬、妬み、自己憐憫
高慢、自惚れ、誤ったプライド
自己正当化、自己欺瞞
利己的、身勝手、配慮の欠如
不正直、怠惰、暴走、現実逃避


自分のさまざまな欠点を真正面から見つめ
第三者にそれを話し
取り除いてみようという気になった時
私たちは謙虚のもつ意味を
今までより一段と幅広く考えるようになった。


甘んじて屈辱を強いられることが
謙虚だと思っていたのに
今や落ち着きを与え
勇気を与えてくれるものを
意味するようになった。


私たちはこれまで
苦しみや問題から逃れることだけに
一生懸命になっていた。
まるで疫病から逃れるように
それから逃げていた。
苦しい現実に取り組もうとしなかった。
私たちの解決方法は
いつも酒に逃れることだった。


誰だって
自分自身や仲間とは仲良くなりたいと思う。
自分でできないことも
神の恵みが満たしてくれると信じたい。
私たちは
その目的に向かう邪魔をするのが
性格上の欠点であることを知った。
こうした欠点は
近視眼的で
価値のない欲望に基づくものだった。
私たちは
自分にも他者にも、そして神にも
不合理な要求をしていたのだと
いまはっきりと確信できる。


私たちの欠点を増大させていたのは
自己中心的な怖れ
既に得たものを失うことへの
あるいは
求めるものを得られないことへの怖れだった。


私たちは
欲求が満たされないままに生きてきたため
絶えず不安と不満の状態にあった。


私たちは
アルコールに対して無力であり
健康な心に戻してくれるのは
自分を超えた偉大な力であると信じた。
その時と同じように
私たちは
性格上の欠点に対して無力であり
欠点を取り除いてくれるのは
自分なりに理解した神であると
謙虚に神に助けを求めたのである。


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