アルコール依存症からの回復

アルコール依存症からの回復のステップ

ビッグブックのステップ2

自分を超えた大きな力が
私たちを健康な心に戻してくれると
信じるようになった


ピーター神父の訳は


われわれは自分より偉大な力が
われわれを正気に戻してくれると
信じるようになった


ビッグブック 第五章 では


おそらくどのような人間の力も
私たちのアルコホリズムを
解決できないこと


英語原文では


Came to believe that a Power greater
than ourselves could restore us to sanity.


正英は


「昨日酒をやめたから今日、正気になっている」と
錯覚していました。


「全世界で一番正しいのは自分だから」という
自己中心的な考え方で
家族
友人
会社
病院の言う事を聞く必要がないと
思っていました。


人から提案を受けても自分が正しいのだから
聞く必要がない。
謙虚でなかったと思います。


正英は
特にお酒で失敗ばかり重ねていたので
自分自身を信じる事ができなくなっていた?


他人から見放され
他人を信じる事もできませんでした。


何回も
何回も
「明日から酒をやめる」と
自分にも他人にも約束しました。


「今日から酒をやめる」と
約束する事はしませんでした(^_^;)


家族
友人
会社
病院から見放されて
最後は
一人で飲んでいました。


人間ならば
信じてもらえないと
立ち上がる事ができません。


だから
信じる事が人間に対する
「愛」なのだと思います。


正英の回復には「愛」が必要でした。
居場所と仲間が。


仲間を信じる事ができるようになり
仲間から信じられるようになりました。


正英はAAのプログラムを信じるようになった。
自分を超えた偉大な力(AA)が
正英を健康な心に戻してくれると
信じるようになった。
もう飲む必要はないと信じるようになった。


正英はそう思います。



以下
ビッグブックのステップ2を引用します。


私たちは精神的
身体的に病んでいたばかりでなく
霊的にこそ病んでいたのだ。
だからそれが克服された時
私たちの精神も肉体も回復した。


理解しない人には不思議と
思えるかもしれないが
一旦霊的な変化が起こると
もう見放されたも同然だった人
多くの問題をかかえて
とうてい解決の見込みもなく
絶望していたその同じ人が
アルコールへの欲求を
簡単にコントロールできるように
なっている自分に気が付く。
そのためにただ一つ必要な努力は
幾つかの簡単なルールに従うだけのことなのだ。


善い道徳や人生哲学があれば
飲酒の問題が
克服できるというのであれば
私たちはずっと昔に回復していたはずである。
けれども
道徳や哲学に
どんなに真剣に取り組んでも助からなかった。
道徳的に生き
哲学に心のやすらぎを求めようと思い
一生懸命に決意を固めたのに
私たちに
飲むのをやめるのに必要な力は与えられなかった。
人間の意志と力ではどうにもならなかった。
何の役にも立たなかったのである。


私たちが
何よりも強調したいのは
どんなアルコホーリクでも
霊的な概念に対して
心を閉ざさずに
自分の問題に正直に
直面する事ができれば
私たちの体験に照らして
回復できるということである。
障害となるのは
不寛容で
攻撃的な否認の態度だけだ。


このステップの
霊的な部分でつまずく事はまったくない。
意欲と
正直さと
開かれた心とが
回復に必要な核心である。
これらなしに
回復はありえない。


生き証人の友人がいるのに
僕には古い偏見の跡が残っていた。
神という言葉は
まだある種の反感を僕に引き起こした。
僕にとっての
僕だけの神が
あるかもしれないと言われた時
抵抗はもっと強くなった。
気にくわなかった。
創造的知性
宇宙の精神
どんなものにも宿っている魂というような事は
受け容れられたが
天の皇帝といった考えには
それがどんなに慈悲深い
支配者だと言われても反発を感じた。
僕は
僕と同じように感じている
何人もの人間に出会っている。


友人は
その時の僕には珍しい考えとしか
思えなかった事を言った。
「自分で理解できる
神の概念を選べばいいんだ」
僕ははっとなった。
これまで僕が
長い事その陰に隠れて
震えながら生きてきた知性の氷山がこの時解けた。
ようやく僕は太陽の光の中に立ったのである。
自分より偉大な力を
信じる意欲さえあればいいのだ。
始めるのには
そのほかには何も必要ない。
そこから何かが育ち始める。
真剣にやる気があれば
この友人のようになれるかもしれない。
僕もなれるだろうか。
もちろんだ!


私たちが自分を超えた偉大な力への偏見を捨て
信じようという気持ちになった時
結果は表れたのだ。
その力について
また神について
よくわからなくても
理解できなくても
かまわなかった。


私たちが
神の事を話す時には
だからあなたがあなたなりに
理解している神を指している。
またこの本の中に出てくる霊的な表現についても
同じである。
あなたはまず
霊的という言葉について
前から持っている考えを捨ててほしい。
それは霊的という事が
自分にとってどんな意味を持っているのかを
正直に自分に問いかける邪魔になるからだ。
霊的に成長し
自分なりに理解できる神と
意識的にかかわるための
出発に必要なのはそれだけだった。
そうして時間がたてば
とうてい
手の届かないものにしか思えなかった多くの事が
受け容れられるようになった自分に気づくようになる。
それが成長なのだが
成長するには
どこかで始めなければならなかった。
だから私たちは
自分なりの神への理解から始めた。
たとえそれはせまく
かぎられた
理解だったとしても。


アルコール地獄の
みじめさに直面し
いろいろな問題に対して
努力したのと同じように
霊的な事柄にも心が開くようになった。
その点では
アルコールは偉大な説得者だった。
アルコールはとうとう私たちを打ち負かし
正しい状態に叩き込んでくれた。
だがそれはうんざりする道のりだった。
あなたが
私たちほど長いあいだ
偏見にしがみついていないように願っている。


私たちは宇宙の持つ
霊的な力に素直に頼る事で
その人たちの問題が
解決していくのを目にした。
だから神の力を疑うわけにはいかなくなった。
私たちの考えは役に立たなかったが
神の考えは見事に働いたのだ。


アルコホーリクになり
あとまわしにすることも
避ける事もできない
自分で招いた危機に
打ちのめされた私たちは
神がすべてか無か
という命題に正面から
向き合わなくてはならなかった。
神が存在するかしないか。
私たちはどちらを選ぶのか。


一つだけ自分に
尋ねる必要はあった。
「私はいま自分より偉大な力がある事を信じているか。
あるいは
信じてみようという気はあるか。」
信じる
あるいは信じてみようという気が
あると答えた人の成長の旅は
始まっていると断言できる。
このつつましい地味な基盤の上に
素晴らしい力を持った霊的な建物ができる。
それは繰り返し証明された
私たちが知っている事実である。

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