アルコール依存症からの回復

アルコール依存症からの回復のステップ

回復のステップという奇跡のプログラム

1930年
ウィリアム・シルクワース博士は
タウンズ病院でアルコホーリクの治療に取り組む中で
アルコホーリクはアルコールに対する
肉体的アレルギーと精神的脅迫観念という
治る見込みのない病気にかかっていると認識しました。


肉体的アレルギー:渇望現象
精神的強迫観念:欲求に負けて飲む衝動


アルコホーリクに共通する症候がある。
飲み始めたら最後
必ず渇望現象が増進するという事だ。


ふつうの人にとって飲むことは
何の差し障りもないのだ。
そこで
多くのアルコホーリクは欲求に負けて飲み始める。
すると
アルコールへの渇望現象につかまる。
そこでお決まりの段階が始まり
飲みすぎては
後悔に襲われ
もう絶対に飲まないと
固い決心をするということが
何度も何度も繰り返される。
心理現象のような霊的変化が全面的に起こらなければ
その人には回復の希望はほとんどない。


1931年
アルコホリズムに苦しむ
ニューヨークの投資銀行家の
ローランド・ハザードがスイスを訪れ
著名な心理学者カール・ユング博士に
助けを求めました。
ユング博士はローランドに
スピリチュアルな経験を通じて人格が変化すれば
飲まないでいられる望みがあると述べました。


ローランドはニューヨークに戻り
オックスフォード・グループを探しました。



ローランド・ハザードは
オックスフォード・グループに加わって
その教義を実行しました。


オックスフォード・グループの教義は


降伏・罪の点検・告白(分かち合い)・償い・神の導き・証し


キリスト教では
神さまから頂いた恵みを人に伝えることを
「証(あかし)をする」と言いいます。


すると
探し求めた変化とスピリチュアルな経験が
彼のうちに生まれ
彼は死ぬまで飲まずにすごせたようです。


ローランドとオックスフォード・グループの友人は
ローランドの旧友エビー・サッチャーが
精神病院に入院させられるという知らせを
耳にしました。
裁判所の法廷でローランドたちは
エビー・サッチャーの刑の執行を猶予するように
判事を説得しました。
ローランドたちは
簡単な宗教的な考え方と実践的な行動のプログラムを
エビー・サッチャーに手渡しました。


ローランドはエビーを
ニューヨークのサム・シューメーカー師の
カルバリー伝道所に案内しました。
エビーはそこで
アルコホリズムに苦しむ人たちへの働きかけを
開始しました。


1934年11月
エビーは旧友のビル・Wを訪ねました。
アルコホリズムから回復するための
解決策と
解決策を手にするための行動のプログラムを
ビル・Wに届けました。



ビル・Wのソーバーは
1934年12月11日から始まりました。


1934年12月
エビーはタウンズ病院にビルを訪れ
再度オックスフォード・グループのプログラムを
ビル・Wに伝えました。


AAは
1935年5月12日(母の日)に
オハイオ州アクロンで
ビル・Wとドクター・ボブが出会ったことから始まりました。
ボブは2年間
オックスフォード・グループに通っていたので
ボブの解決策も行動のプログラムも知っていました。
しかし飲酒はとまらなかった。
ビルはシルクワース博士に言われたとおりに
ボブの問題は
肉体的アレルギーと
精神的強迫観念であると指摘しました。
自分の問題が理解できるとボブはすぐに回復し始めました。


1935年6月10日の朝
外科医であったドクター・ボブが
手術を控え手が震えていたため
ビル・Wが1本のビールをドクター・ボブに手渡しました。
そのビールがドクター・ボブの最後の飲酒となり
AAの創立とされています。


ビル・Wとドクター・ボブは
アルコホーリクを探して病院に行き
ビル・ドッドソンという男に会いました。
そしてその男に問題と解決策について話し
行動のプログラムを伝えました。
彼はそれを受け容れ
実行し
そして回復しました。


ビル・Wは
回復のプログラムの全体を把握した
最初の人物です。


問題:シルクワース博士から
(ステップ1)


解決策:ユング博士から
    ローランド、エビーを経由して
(ステップ2)


行動のプログラム:オックスフォード・グループの教義から
(ステップ3~12)


数年の内にアクロンとニューヨークの二つの町で始まった
依存症者の集まりは
回復者が百人を越えるようになった。
そこで
ビル・Wはアルコール依存症からの回復についての
経験をまとめた本を書くことに決めた。
その本の第5章で
ビルは「どうやればうまくいくのか」を説明し
12のステップを文書化した。
このステップの考えは
オックスフォードグループの6つのステップを
アルコール依存症からの回復に特化したものだった。
1939年発行されたこの本のタイトルは
熟慮の結果『アルコホーリクス・アノニマス』が選択され
そしてこれが新しい運動の名前にもなった。


降伏する~ステップ3
私たちの意志と生き方を
自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心をした


罪を点検する~ステップ4
恐れずに
徹底して
自分自身の棚卸しを行い
それを表に作った


告白する・分かち合う~ステップ5
神に対し
自分に対し
そしてもう一人の人に対して
自分の過ちの本質をありのままに認めた


償いをする~ステップ8・9
私たちが傷つけたすべての人の表を作り
その人たち全員に
進んで埋め合わせをしようとする気持ちになった
その人たちやほかの人を傷つけない限り
機会あるたびに
その人たちに直接埋め合わせをした


神に導きを求める~ステップ11
祈りと黙想を通して
自分なりに理解した神との
意識的な触れ合いを深め
神の意志を知ることと
それを実践する力だけを求めた


証しをする~ステップ12
これらのステップを経た結果
私たちは霊的に目覚め
このメッセージをアルコホーリクに伝え
そして私たちのすべてのことに
この原理を実行しようと努力した


ビル・Wはさらに
ステップ1・2・6・7・10を加えて
こんにちの12のステップをまとめあげました。


1935年以来
アルコホーリクス・アノニマスの共同体は
私たち人間が抱えている問題を
どう解決することができるのかという提案を
回復のステップとして示していると


正英はそう思います。

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