アルコール依存症からの回復

アルコール依存症からの回復のステップ

ビッグブック~行動に移す~

ステップ4で棚卸表を作ったあと
それについてこれからどうするのだろうか?


私たちは
自分の欠点を認めた。


怖れずに徹底して
自分の欠点を突き止めた。
棚卸表にその欠点を記した。

その欠点を捨て去らなければならない。


ステップ5


「自分を超えた偉大な力」に対し
自分自身に対し
そしてもう一人の人に対して
自分の過ちの本質をありのままに認めた


自分の欠点を人に話すのは難しい事だ。
しかし
自分の物差しで自分を評価するのは
十分ではない。


新しくやってきた仲間たちは
問題の一部については
自分の胸の中だけにしまっておこうとする。
彼らは
きちんと棚卸しをしたようだったが
いくつかの最もひどい事を棚上げしておいた。


自分では
利己主義も怖れも消えていたと思っていた。
謙虚になっていると思っていた。
だが
謙虚さも
怖れを捨てる事も
正直さも
私たちが必要だと考えるところまでは
十分に身についていなかった。


誰かに何もかも包み隠さず
話してしまわなければだめだったのである。


幸せに長生きしたいのなら
私たちは誰かに対して
全面的に正直にならなければならない。


私たちはおごりを捨て
どのような性格のゆがみにも
過ぎ去った過去の暗い裂け目にも
くまなく光を当てていく。


その学生時代の友人が訪ねてきた時
ぼくは自分の問題と
欠点を思い切って全部彼に話した。


何一つ包み隠さずにこのステップを済ますと
回復に必要な充分な人格の変化が始まる。


~ステップ5の約束~


私たちは晴れ晴れとした気持ちになり
世の中とまともに向き合えるようになる。


やすらぎと
心の落ち着きが得られるようになる。


怖れは去り
「自分を超えた偉大な力」を身近に感じ始める。


飲酒の問題が消えたという感覚が
強く起こってくる事がある。


私たちは「自分を超えた偉大な力」と手をつないで
広々とした王道を歩いているように感じる。


ステップ6


こうした性格上の欠点「全部」を
「自分を超えた偉大な力」に
取り除いてもらう準備がすべて整った


ステップ5が終わったら
ステップ1からステップ5を
注意深く振り返ってみる。


1.私たちはアルコールに対して無力であり
  生きていく事が
  どうにもならなくなっていた事を認めた


2.自分を超えた偉大な力が
  私たちを正気に戻してくれると
  信じるようになった


3.私たちの意志と生き方を
  自分なりに理解した
  「自分を超えた偉大な力」の
  配慮にゆだねる決心をした


4.怖れずに
  徹底して
  自分自身の生き方の棚卸しを行い
  それを表にした


5.「自分を超えた偉大な力」に対し
  自分自身に対し
  そしてもう一人の人に対して
  自分の過ちの本質をありのままに認めた


自分が見落としたものはないだろうか?


アルコールに対して無力である事を認めているか?


生きていく事が
どうにもならなくなっていた事を認めているか?


自分を超えた偉大な力が
正気に戻してくれると
信じているか?


意志と生き方を
自分なりに理解した
「自分を超えた偉大な力」の
配慮にゆだねる決心をしているか?


怖れずに
徹底して
自分自身の生き方の棚卸しを行い
それを表にしたか?


「自分を超えた偉大な力」に対し
自分自身に対し
そしてもう一人の人に対して
自分の過ちの本質をありのままに認めたか?


利己的でなかったか?
身勝手でなかったか?
配慮に欠けていなかったか?
自分の良心に不正直ではなかったか?
情緒不安に怖れていなかったか?


私たちは
利己的、身勝手、配慮の欠如、不正直、情緒不安な怖れ
こうした性格上の欠点「全部」を
「自分を超えた偉大な力」に
取り除いてもらう準備がすべて整ったか?


ステップ7


私たちの短所を取り除いてくださいと
謙虚に
「自分を超えた偉大な力」に求めた


私はいま
私のすべてを
良いところも
悪いところも
あなたにおまかせする
気持ちになっています。


あなたと
そして仲間たちの
役に立ちたいと願う私にとって
行く手のじゃまになる
性格上の欠点を
どうか取り除いてください。


私がどこにいるときも
あなたの意志のままに行っていく
強さを私に与えてください。


ステップ8


私たちが傷つけたすべての人のリストを作成し
その人たち全員に進んで埋め合わせを
しようとする気持ちになった


私たちが傷つけたすべての人たちのリストを
棚卸しをした時に作成し
私たちは手にしている。
そして
自分の過ちの本質を認めた。
その人たちに
埋め合せをする気持ちになっている。


ぼくたちは自分が傷つけた人たち
自分が恨みを持っている人たちの
リストを作った。
ぼくはこの人たちに自分の誤りを認める
心の準備がきちんとできているのだ
ということも言った。
相手を決して批判しなかった。
ぼくは自分にできるかぎり
一つひとつのことを正していった。


ステップ9


その人たちや他の人を傷つけない限り
機会あるたびに
その人たちに直接埋め合わせをした


いまこそ彼らのところへ出向き
過去の傷を修復する時である。
強情で片意地に生き
何でも自分で取り仕切ろうとしてきた結果として
溜まってしまった残骸を取り除くのだ。


そうする気持ちがまだないのなら
その気になるまで
「自分を超えた偉大な力」に祈り続けよう。


アルコールに打つ克つためなら何でもする
と心に決めた最初の頃を是非とも思い出してみよう。


あなたが
私たちのもっているものを欲しいと思い
それを手に入れるためなら
何でもするという気持ちになったのなら
あなたはもう
ステップを着実に踏む準備ができたのだ。


自分が嫌っている人に
どうやって埋め合わせをするのかという疑問が
起こるだろう。
私たちがその人を傷つけた以上に
その人から傷つけられたことのほうが
ずっと多いということもある。
そういうときは
自分の落ち度を積極的に認めることには
気乗りがしないかもしれない。
しかし好きになれない人に対しても
決然とした態度で埋め合わせに向かう。
敵のところへ行くのは
友人のところに行くようなわけにはいかないが
そのために自分が得るものはとても大きい。


「ゆるす」という気持ちで相手の所へ行き
かつて自分が敵意を抱いていた事を打ち明け
遺憾の気持ちをあらわす。


意欲さえあれば
恨み、怖れ、罪悪感や後悔から解放されるだろう。


どんな状況であっても
決して相手を批判したり
言い争ったりしない。


私たちは道路の自分の側の掃除をするために
やってきたのだ。
掃除が終わるまでは私たちは
何一つ有意義な事はできない。
私たちは「相手がすべき事は何か」を
伝えるために来たのではない。
したがって話は
相手の欠点ではなく
自分の欠点だけに絞られる。
もし私たちの態度が穏やかで
率直で
広い心に満たされていれば
必ず満足のいく結果が得られるだろう。


他人を巻き添えにするような
思い切った行動を取ろうとする時には
実行する前に相手に納得してもらうようにする。
許可が得られ
いろいろな人たちとも相談する。
その上でその断固とした行動を取るべき事が
はっきりした時には
ひるんではいけない。


よくアルコホーリクの本人が
ただとにかく
飲まなければそれでよい
と言っているのを耳にする。
確かに飲まない事は続けなくてはならない。
それがなければ家庭もないのだから。
だが
長年思い切りひどい扱いをしてきた妻や
親に対する埋め合わせの道のりは
まだまだ長い。
母や妻がアルコホーリク本人に対して
持ち続けて来た忍耐は
想像を絶するものである。
それがなかったら
今日
私たちの多くは家もないだろうし
命もなかったろう。


トクター・ボブは
下記のように述べている。


どういうわけか
私たちアルコホーリクは
世界で一番素晴らしい女性を妻に選ぶ恵みを
与えられているようだ。
なぜそんな彼女たちが
私たちがもたらす拷問に耐えなくてはならないのか?
私には分からない。


そう
まさしく私たちの前途には
長い再建の道のりがある。
自分が率先してやらなければならない。
自分が悪かったと
後悔してつぶやいていても
それだけでは決してツケを
払った事にはならない。


決して彼女らを批判しないように気をつけながら

振り返れるままに率直に過去を
分析してみるべきだ。
家族の欠点も目立つかもしれないが
その責任の一端は自分にある事が多いのだ。


私たちは
10年も20年も酔っぱらってきたのだから
彼女らがまだ私たちに懐疑的である事を
忘れてはならない。


完全に正せない過ちもあるだろう。
その過ちについて
もしできる事なら
何としても正したいと
あなたが心から思っていると
言えるのなら気にする事はない。
会おうにも
会えない人もいるだろう。
そういう相手には正直な手紙を書く。


大事なのは
実際にはできない状況であっても
今すぐにでも心から埋め合わせを
したい気持ちがあるかどうかである。


私たちはへつらったり
争ったりせず
分別をもって
機転を利かせ
思慮深く
謙虚に行動すべきだ。
私たちは
誰の前にも
這いつくばりはしない。


ステップ8・9を実践しなければ
罪悪感と後悔は克服されず
私たちの心にそれらが舞い戻ってきて
怖れを生み出すだろう。
怖れが生じてくると
私たちは
他人から逃げ隠れしなければならなくなる。
また
怖れは自己れんびんと恨みを生み出すだろう。
そうなると
また飲んだり
以前のような強迫的な行動へ
逆戻りする可能性が高くなる。


私たちはいつも人間関係の問題を抱えていた。
感情を思うようにできなかった。
みじめさと落込みの餌食になっていた。
生計を立てられなくなっていた。
自分は役に立たない人間だと感じていた。
怖れと不安でいっぱいだった。
不幸だった。
他の人が助けを必要とする時に助けになれなかった。


私たちは
人に頼らないでも
自分を超えた偉大な力に頼らなくとも
能力さえあれば自分の問題は
自分で解決できるという考えに囚われていた。
問題は解決されなかった・・・


AAプログラムの希望は
ステップ1からステップ9の実践の結果として実現する。
ステップ1からステップ9は人生の指針であり
取り組みさえすれば必ず新しい生き方を
手に入れることができる。


この工程を労を惜しまず
念入りにやっていると
半分も終わらないうちに
あなたはビックリする事になる。
新しい自由
新しい幸福を
知るようになっているのだ。
過去を悔やむ事もなければ
それにふたをしようとも思わない。
心の落ち着きという言葉が
わかるようになり
やがて平和を知る。
私たちがどんなに落ちぶれていたにしても
自分の経験がどれほど人の役に立つかが
わかるようになる。
自分は役立たずだという
自己憐憫の感情が消え失せる。
利己的な事に関心がなくなり
仲間の事の方に関心がいくようになる。
身勝手さは消えてしまう。
私たちの
人生に対する態度と展望がまるっきり変わる。
人間に対する恐怖症や
経済的不安もなくなる。
かつては私たちを困らせた状況にも
直観的にどう対応したらいいのかが分かるようになる。
自分ではできなかった事を
「自分を超えた偉大な力」が
やってくださっている事を
私たちは突如として気づくようになるのだ。


ステップを実践する事により
人生に対する考えや態度が
根本から変えられている事に気づく。
このプロセスが
「霊的目覚め」
あるいは
「霊的体験」である。


これはとんでもない約束だろうか。
そうは思わない。
こういうことは私たちの間で実際に
ときには急速に(霊的体験)
ときにはゆっくりと(霊的目覚め)
実現している。
取り組みさえすれば必ず実現する。


ある朝
男は勇敢にも
これまで怖れていた相手の人たちに
自分の問題について話に行った。
驚いた事に
みんなはちゃんと受け入れてくれた。
多くの人が男の飲酒の事を
すでに知っていたのも驚きだった。
男は自分の車で
自分が傷つけた人たちの所を
片っ端から回った。
そうしながら身震いを止める事ができなかった。
特に仕事関係の人たちの場合
廃業に追い込まれる可能性があったからだ。


夜遅く
彼は疲労困ぱいしながらも
とても幸せな気持ちで家にたどり着いた。
彼はそれ以来飲んでいない。


*ドクター・ボブは
埋め合せをしなければ酒をやめられない事を
ステップ9で学びました。
そして
埋め合せを一日でやり遂げました。


ステップ10


自分自身の生き方の棚卸しを続け
間違った時は
直ちに
自分の過ちの本質をありのままに認めた


一日を通して自分の感情の乱れに気がついたら
それが
恨み
怖れ
罪悪感
後悔
のどれなのかを見定めてみよう。


そして直ぐに
自分の本能のどの部分が脅かされたのか?
自分の本能のどの部分が暴走したのかを調べる。
対人関係(仲間づくり)
自己評価(プライド)
身の安全(物質的安定、感情的安定)
性の関係


次に
自分のどんな欠点が出てきてしまったのか?
を調べる。
利己的でなかったか?
身勝手でなかったか?
配慮に欠けていなかったか?
自分の良心に不正直ではなかったか?
情緒不安に怖れていなかったか?


ともかく
古いパターンに戻っている自分に気がついたら
すぐにその感情を分析し対処しよう。


私たちはふつう
身体の痛みを感じると
どこかが悪いと考えてすぐに対処する。
ところが感情の痛みの場合は
原因を探そうとしないで
我慢してしまう事がある。
感情の痛みを感じたら
一日を通していつでも直ぐに
つぼみのうちに摘み取らなければならない。


私たちは積極的な生き方のプログラムを学んでいる。
このプログラムが教えているのは
問題が起きた時には
真正面から向き合い
分析し
その原因を掘り下げ
ステップ4・5・6・7・8・9を使い
問題を解決する事である。


私たちがしなければならない事は
プログラムを働かせ
髪の毛を排水管に詰まらせるような
否定的な感情が心のなかに
積み重ならないようにする事である。


日々の棚卸しを毎日続けていると

勇気
寛容
忍耐
の力が大きくなっていくのが分かる。
愛、勇気、寛容、忍耐には
人生に役立つ力がある。


過ちを犯した時は
直ちにそれを正していく事が提案されている。
私たちは過去を清算しながら
力強くこうした生き方を実践し始めた。
次の課題はよりよく理解し
より一層役に立つ人間に
成長する事である。
これは一晩でどうなるという種類のものではない。
生涯続けていくべき事だ。


利己的、身勝手、配慮の欠如
不正直
恨み
怖れをチェックしていく。
その中の一つでも
持ち上がってくれば
「自分を超えた偉大な力」に
すぐ取り除いてくださいと祈る。
人を傷つけてしまった時は
すぐに誰か別の人と話し合って
素早く埋め合わせをする。
それから断固として
誰か
ほかの自分が助けてあげられる人の事に
考えを切り替える。
他の人への愛と寛大な気持ちを
いつも持つ事は
私たちが守るべき決まりである。


一日を通して
性格上の欠点を見張り
ステップ4・5・6・7を使って
それらを取り除いていくにつれて
あなたは成長していく事でしょう。


私たちは
毎日
ステップ4を使います。
恨み、怖れ
利己的、身勝手、配慮の欠如
不正直、情緒不安な怖れ
をチェックします。


私たちは
毎日
ステップ5の実践を続けます。
すぐに誰か別の人と話し合いましょう。
自分一人で判断して
トラブルに陥った事を忘れないようにしましょう。
自分独りで真実を見る事は容易ではありません。


私たちは
毎日
ステップ6・7を実行する必要があります。
欠点が一つでも持ち上がってくれば
その欠点を手放す努力し
「自分を超えた偉大な力」に
取り除いてくださいと祈る。
一日を通して
自分の中に恨みや怖れなどがある事に気づいたら
それらを手放す努力をし
それらが取り除かれるよう
「自分を超えた偉大な力」に祈る。


毎日
ステップ8・9を実行するにつれて
人間関係は良好に育っていくことでしょう。


人間関係に問題が起きたら
再び
恨み、怖れ、罪悪感、後悔の感情で
苦しむ事になるでしょう。
人を傷つけてしまった時は
素早く埋め合わせをしましょう。


僕は自分が考えている事を調べる。
新しい僕が意識している神にすがって。


~ステップ10の約束~


私たちは何ものとも
誰とも
ましてアルコールとも闘う事をやめた。


ここまで来れば
健康な判断力が戻っている。


アルコールにはめったな事では
関心を示さなくなる。


誘惑を感じても
私たちはまるで熱い炎から
後ずさりするように身を引く。


私たちは分別をもって
正常に反応する。
それが自然に自分の中で
起こっている事に気づく。


アルコールに対する私たちの新しい態度は
私たちが特に考えも努力もしなかったのに
与えられたものである事がわかるだろう。


ただそうなった!
これこそが奇跡なのだ。


懸命に闘っているのでもなければ
誘惑を避けているのでもない。


中立状態の
安全に保護された場所に
置かれたように感じる。


禁酒の宣誓をしたのではない。


そうではなくて
問題の方が取り除かれた。
それは私たちから消えたのだ。


うぬぼれているのでも
怖がっているのでもない。
これは私たちの経験である。
「自分を超えた偉大な力」を信じ
「自分を超えた偉大な力」にゆだね
霊的な状態を保ち続けてさえいれば
私たちはそうなる。


霊的なプログラムを中止し
自分の力で良くなったのだと
思うのは簡単だ。
だがそれは問題が起こる方へ
一直線に向かっている事である。
アルコールは巧妙で不可解で強力なな敵だ。
私たちのアルコホリズムは治ったのではない。
霊的な状態をきちんと維持するという条件で
毎日執行を猶予されているだけなのである。
だから毎日
私たちは心に描く
「自分を超えた偉大な力」の意志を
自分のどんな行動にも
実践していかなければならない。


ステップ11


祈りと黙想を通して
自分なりに理解した
「自分を超えた偉大な力」との
意識的な触れ合いを深め
「自分を超えた偉大な力」の
意志を知る事と
それを実践する「勇気」だけを求めた


確かでない時は
静かに座って
「自分を超えた偉大な力」の
計画のままにぼくの問題の方向付けと
それに立ち向かう強さが得られますように願う。
人の役に立つための願いのほかは
決して自分のためには祈らない。
そのとき初めて
自分に何かが与えられるだろう。
受けとるものは
はかりしれないほど大きなものである。


友人は
これらの事をした後には
自分の問題を解決する生き方のカギを
手にできるだろうと約束した。


自分を超えた偉大な力への信仰に加えて
新しい秩序を作り
保っていくための充分な
意欲
正直さ
開かれた心、謙虚さ
が欠かす事ができない条件だった。


HOW(どうやればうまくいくのか)
Honesty(正直さ)
Open mindness(開かれた心)
Willingness(意欲)



眠りにつく前に
その日の事を
建設的に振り返ってみる。
恨みがましく
自分勝手で
不正直ではなかったか
怖れてはいなかったか。
謝らなくてはならない人はいないか。
誰かとすぐに
話し合うべきだった事を
まだ自分だけに留めてはいないか。
誰に対しても親切で
思いやりがあったか。
何かもっと良くやれたはずの事はないか。
自分の事だけを考えてはいなかったか。
人のために自分は何ができるのか。


心配や後悔
憂うつな考えのほうに流されないよう
注意しなくてはならない。
人の役にたつことができなくなるからだ。


一日を振り返ったあと
「自分を超えた偉大な力」に
ゆるしを乞い
正すためにはどうすればいいのかを尋ねる。


朝目が覚めたら
自分の前にある
24時間の事を考えよう。
その日の計画を立てる。
取りかかる前に
「自分を超えた偉大な力」に
私たちの考えに導きを
与えてくださるように
とりわけそれが
自己憐憫
不正直
利己主義
といった事から
切り離されるよう助けを求める。


その日の事を思ううちに
決められない事にぶつかるかもしれない。
どうしたものか
決心できないかもしれない。
そんな時
私たちは直感的な考え
あるいは決断を与えてくださいと祈る。
それから気を楽にする。
もがいたりしない。
この方法を
しばらくやってみた後で
正しい答えが得られる事に
私たちはビックリする。


かつては直感とか
虫の知らせとか
自分には縁の薄かったものが
次第に心の中で大きな流れになってくる。
まだ経験不足で
「自分を超えた偉大な力」との
意識的な触れ合いを始めて日が浅ければ
いつも直感が得られるというわけには
いかないだろう。
そこを
うっかりしないようにしないと
色々バカげた行動や考えに
走る事になるかもしれない。
ではあるが
私たちの考え方は時間と共に
「自分を超えた偉大な力」の意志に
基づいたものになっていく。
それを頼りにするようになっていく。


ふつう私たちは
自分にとって次のステップが何か
それをするためには何をすべきかを
一日を通して示してくださいという祈りで
黙想の時間を終える。
頑固な自我からの解放を特に祈り
自分の利益のためには
何一つ祈らないように注意する。


一日が過ぎていくうちに
自分が動揺したり
疑問を抱いたりしたら
立ち止まって一息入れ
正しい考えと行動を示してくださいと祈る。
自分がもはやすべてを
取り仕切っているのではない事を
絶えず思い起こし
毎日
何度も
「あなたの意志が行われますように」 と
謙虚に自分に繰り返す。
そうすれば
怖れ
怒り
情緒不安
自己憐憫
本能の暴走
結果としての愚かな決断に
落ち込む危険はずっと少なくなる。
ずっと効率が良くなる。
自分に合わせて
人生をひねくり回していた頃のように
エネルギーを浪費しないから
疲れにくくなってくる。


これはうまくいく。
実に効果がある。
その効果は驚くべきものだ。


心配から離れて他の事を考えていると
やがて正しい考えや解決方法
決断すべき事などが浮かんでくる。
しかし
自分で解決しようとこだわっている限り
「自分を超えた偉大な力」が
あなたの考えに入り込む余地はない。


私たちアルコホーリクは
自己規制力をあまり持たない。
だからこれまで述べたようなシンプルな方法で
「自分を超えた偉大な力」に
訓練してもらうのだ。



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