アルコール依存症からの回復

アルコール依存症からの回復のステップ

12&12~ステップ10~

自分自身の生き方の棚卸しを続け
間違った時は
直ちに
自分の過ちの本質をありのままに認めた



私たちは
どんな条件のもとでも飲まない生き方を守り
感情のバランスを保てるだろうか?


恨み、怒り、怖れ
嫉妬、妬み、自己憐憫、自己非難
高慢、自惚れ、誤ったプライド
自己正当化、自己欺瞞
利己的、身勝手、配慮の欠如、不正直、怠惰


すべてボトルにつながる。


私たちに必要なのは
自分自身の生き方の棚卸しを続け
資産と負債を絶えず確認することであり
そして
その方法を身につけながら
成長しようと心から願うことである。


寛容、許し、忍耐、落ち着き、勇気
自信、受容、感謝、自己評価
謙虚、慎み、素直、自己受容
利他的、協調、思いやり、正直、行動



私たちの多くにとって
AAでの最初の数年間は
ハネムーンのようなものです。
生きるための新しく強い理由があり
喜びに満ちた活動もたくさんあります。
しばらくの間は
人生の主要な問題から
目をそらすことができます。
すべてが順調に思えます。


しかし
ハネムーンがすぎると
ほかの人々と同じように
私たちも自分の問題に
直面しないわけにはいきません。
試練が始まるのです。


グループの仲間と
うまくいかなくなるかもしれません。
家庭や職場や社会で困難な問題が
いっそう厳しくなってくるかもしれません。
そうなると
古い行動パターンが再び現れてきます。


こうした問題をどのように理解し
いかに対処するかによって
私たちがどれだけ成長したのかが分かるのです。



昨日ひどい飲み方をしたために
恐ろしいほどの二日酔いに苦しむ酔っぱらいは
今日という日を充分に生きることはできない。
しかし
飲んでいるいないにかかわらず
私たち全員が経験するもう一つの二日酔いがある。
それは
感情の二日酔いと言われるものだ。
怒り、不安、嫉妬といった否定的感情が前日
時には当日
行きすぎるほどに激化した結果生じるものだ。


私たちが今日も
そして明日という日も
心穏やかに落ち着いて生きたいと願うなら
まずどうしてもこれらの二日酔いを
取り除く必要がある。
求められているのは
いま
過ちを認め正すことだ。
慎重に日々の棚卸しを行い
自分自身との和解を済ませると
明日の試練に向き合う自信が生まれる。



スポットチェック
自分が混乱していると思った時に直ちに行う


私たちが平静さをかき乱される時というのは
その原因が何であれ
自分の側に何か誤りがある
というのが霊的な原則である。
誰かに傷つけられ
心を痛めたとしても
やはり私たちが間違っている。


しかし
この法則に例外はないのか?
「正当な」怒りというものはないのか?
もし
誰かが私たちを騙したのなら
私たちのだって怒る権利があるはずだ。
それに
自分勝手な人間に対しては
当然怒っていいのではないか?


AAメンバーである私たちにとって
怒りについてのこのような大胆な考えは
時にはとても危険なものとなる。
たとえその怒りが正当化されたとしても
それは
怒りを自分でうまくさばける人たちの
ものであることを私たちは知った。


生きたければ
怒りを手放さなければならない。
不機嫌や錯乱状態は
私たちには危険である。
アルコホーリクでない人間にとってなら
怒りはたまの楽しみのような
一種の贅沢なのかもしれないが
アルコホーリクにとっては
毒以外の何ものでもない。


怒りを爆発させると
その日一日がぶち壊しになる。
それは感情を酩酊状態に追いやるものだ。
このアルコール抜きの感情の酩酊状態から
ボトルに直行したことも度々あった。
また
嫉妬、妬み、自己憐憫
傷ついたプライドによっても
心の平静さを乱され
同じような結果になった。


そのような混乱のさなかに
スポットチェックの棚卸しをすれば
嵐のような感情を静める大きな助けになるはずだ。
今日一日のスポットチェックによって
日々の暮らしで生じる様々な問題に
適した対応方法が見いだせるようになる。


どのような問題であれ
私たちに必要なのは
自制心、正直な分析
自分の誤りを積極的に認める気持ち
同時にほかの人の誤りも
積極的に赦す気持ちだと言える。


私たちの第一の目的は
自制心をつちかうことである。
このことを何よりも最優先させる必要がある。
例えば
軽率で性急な行動や話し方をすれば
公正で寛容であろうとする力はたちまち消え失せる。
思いやりのない熱弁を一回ふるっただけで
あるいは
わがままな判断を一度下しただけで
対人関係を
その日一日ぎくしゃくさせることになりかねない。
時にはそれが一年に及ぶことさえある。


自制心が必要なのは
不愉快で突発的な問題だけに限らない。
ある程度の地位や
物質的成功が得られるようになった時にも
私たちは大いに用心しなければならない。
気持ちを有頂天にさせてくれた酒と同じく
私たちは成功にも酔いしれた。
たまに幸運が舞い込んだだけで
ほかの人々や周囲に対する偉大な勝利を
収めたかのような空想にふけった。
高慢な自信過剰にまったく自分が見えなくなり
「名士」の役を演じようとした。


「名士病」にかからないための予防に
何度でも自分自身を点検する。
自分が今日飲まずに生きているのは
ひとえに神の恵みのおかげであり
何かに成功したとすれば
それは私たちの成功というより
神の恵みであることを思い起こすようにする。


私たちは
愛する人に理不尽な要求をするのを
やめる努力をしてみる。
これまでまったく無関心だった相手に優しさを表す。
嫌いな人には
たとえ意識的であっても理解し
手助けをし、正当に評価し
好意をもって接することから始める。
どのような人とも調和をもって生きるための基調は
好意、優しさ、公平さ、そして愛情である。



一日の終わりに
今日一日の出来事を振り返りながら棚卸しを行う


それは
棚卸し表が負債ばかりでないことに気づく
良いチャンスである。
誠意があったか
健康的な考え方をしたか
何か良いことをしたか
といったことに目を向けるようにする。


一日の棚卸しの負債に目を通した時には
間違いと思えた考えや行動ひとつひとつについて
その時の自分の動機を注意深く点検すべきである。
自惚れ、怒り、嫉妬、心配、不安という
感情のままに行動した
そういうことではないだろうか?
ここで必要なのは
ひどい行動をとった
あるいは
ひどい考え方をしたと認めること。
その時どうすればよかったかを
具体的に思い描くこと。
そして
日々の棚卸しで得た教訓を明日に活かすことである。


しかし
できる限り吟味をしないと
自分の本当の真意が見えてこない場合がある。


つまらない議論に勝ちたかっただけなのに
「建設的な批判」をしてあげたと言う。


ただいじめたかっただけなのに
「教育する必要がある」と言って他者を傷つけた。


落ち込んで
気分が悪いとぶつくさ言ったのは
同情や注目を集めようとしていたのだった。


この善行という名のもとに
よからぬ動機を覆い隠そうとするよこしまな思いは
人間の行動のあらゆる部分に
すみからすみまで染み込んでいる。
この巧妙で
とらえどころのないひとりよがりな正当化が
どんな小さな行動にも
どんなささいな考え方のなかにも
潜んでいることがある。
このような弱点を
見いだし、認め、修正することを
日々の生活のなかで身につけることが
人格形成とよりよい生活の核心なのだ。


私たちが求めるべき不変の資産とは
傷つけたことを心から詫び
受けた恵みをまごころで感謝し
明日という日をより良い日にしようという
積極的な意欲をもつことなのだろう。



眠りにつく前に
その日の事を
建設的に振り返ってみる。
恨みがましく
自分勝手で
不正直ではなかったか
怖れてはいなかったか。
謝らなくてはならない人はいないか。
誰かとすぐに
話し合うべきだった事を
まだ自分だけに留めてはいないか。
誰に対しても親切で
思いやりがあったか。
何かもっと良くやれたはずの事はないか。
自分の事だけを考えてはいなかったか。
人のために自分は何ができるのか。


心配や後悔
憂うつな考えのほうに流されないよう
注意しなくてはならない。
人の役にたつことができなくなるからだ。


一日を振り返ったあと
神にゆるしを乞い
正すためにはどうすればいいのかを尋ねる。


このように
私たちの一日を考察し
よくやれたことへの評価も忘れず
怖れも身びいきもなく自分の心を吟味すれば
受けた恵みを心から神に感謝し
安らかな心でその日の眠りに
つくことができるだろう。


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