アルコール依存症からの回復

アルコール依存症からの回復のステップ

1935年5月12日 ビルとボブが出会う

私がドクター・ボブと出会ったのは
ウォール街の仕事で
オハイオ州のアクロンへ出張した時の事だった。
だからAAは
私が生計を立てていく必要に直面した
努力の中から生まれたのだとも言える。
(ビルはこう思う№128)


AAは
1935年5月12日(母の日)に
オハイオ州アクロンで
ビル・Wとドクター・ボブが出会ったことから始まりました。
ボブは2年間
オックスフォード・グループに通っていたので
ボブの解決策も行動のプログラムも知っていました。
しかし飲酒はとまらなかった。
ビルはシルクワース博士に言われたとおりに
ボブの問題は
肉体的アレルギーと
精神的強迫観念であると指摘しました。
自分の問題が理解できるとボブはすぐに回復し始めました。


1935年5月11日(土曜日)
ヘンリエッタ・サイバーリングは
ビルからの電話を受けた。


ヘンリエッタに電話をかけたビルは必死の思いだった。
その時まで
ビルは落ち着かず
アクロンの中心街、サウス・メインストリートにある
メイフラワー・ホテルのロビーを
行ったり来たりしていた。


片側の突き当りにはバーがあり
どんどん客が入って行った。


バーに入って
ジンジャエールを注文し
誰かと話しをするだけだと
ビルはお決まりの考えに囚われていた。
そして突然の恐怖に襲われた。
この恐怖こそ
まさに幸運の賜物だった。


他の人を助けようとした時
自分自身が飲まずにいられた事を思い出した。
いま飲まないでいるためには
だれかもう一人の酒飲みに話しかけなければならない
と突然ひらめいた。


おまえには話をする
もう一人のアルコホーリクが必要なんだ。
その人がおまえを必要としているのと同じように
おまえもその人が必要なんだ!


ビルは気が付くと
その反対側の端にある教会の案内の前に立っていた。
教会の住所録から行き当たりばったりに
ウォルター・タンクスという
聖公会の牧師に電話をかけた。
牧師なら
アクロン周辺のオックスフォード・グループの人を
知っているのではないかと思ったのだ。
牧師は
アルコホーリクをビルに引き合わせてくれそうな
人の名前を10人くらい教えてくれた。


ビルの記述によれば
リストにあった10人のうち9人にまで
電話をかけ終えた時
最後に残っていたのが
ヘンリエッタだったと語られている。


ヘンリエッタはこの時の事を
下記のように述べている。


牧師が教えてくれた何人かのなかの1人が
私の親しい友人の
ノーマン・シェパードだったのです。
このかたは
私がボブのためにしようとしていた事を
あらかじめご存知でした。
それで
ノーマンはビルに
「今夜
私はニューヨークに発たねばなりませんが
ヘンリエッタ・サイバーリングに電話をしてください。
彼女がお会いするでしょうから」と言ったのです。


ビルは
私は
オックスフォード・グループの者ですが
ニューヨークから来た酔っぱらいなのです と
彼女に伝えた。
自分が飲まずにいるためには
もう一人のアルコホーリクを手助けしていく
必要がある事を彼女に説明した。


彼女はビルに下記のように話した。
私はアルコホーリクではありませんが
あなたがおっしゃる霊的な事は
私にも理解できると思います。
あなたが手助けできそうな人を知っています。
これからすぐにいらっしゃいませんか?
私はこれまで
数々の困難な問題に取り組んできており
その回答の多くを
オックスフォード・グループの中に
見いだすことができました。
ちょうどいい人がいます。
ボブは一生懸命お酒をやめようとしました。
治療を受け
宗教的なアプローチも
オックスフォード・グループもやってみました。
ボブは
全力を尽くしていろいろやってみたのですが
どういうわけかうまくいかないようです。
ドクター・ボブとアンのご夫婦と
話をしてみたらいかがでしょう?



ヘンリエッタ・サイバーリングは
アンに電話をし
ボブの助けになってくれる人を
引き合わせたいから来ないかと言った。


ところがボブは
母の日のための鉢植えを家に持ち帰り
台所のテーブルの上に置いたまま
そのまま床に崩れ落ちたあと
昏睡状態に陥ってしまった。


1935年5月12日(母の日)
ビル・Wとドクター・ボブが出会う。


翌日
その女性はまた電話をしてきた。
全然気乗りはしなかったが
儀礼的にボブは
「行ってみよう」と言った。
もちろんアンには
15分以上は長居しないという約束を
取り付けた。


ボブとアンは彼女の家に夕方5時きっかりに入り
そこを離れたのは
夜更けの11時15分を回っていた。


ビルはこの時のボブの様子を
下記のように語っている。


ボブは
やがて私のパートナーとなり
一度として口論など起こす事のない
最高の親友になるのだが
その時は
とても創始者といわれるような
人物には見えなかった。
ひどく震えており
ソワソワして落ち着かず
15分しかいられないと言うのだ。
一杯飲んだ方がいいんじゃないかと
私がボブに言うと
少し当惑したようすだったが
幾分明るくなった。


そして
ビルはこの時の会話を
下記のように語っている。


完全にお互いさまのことだった。
私は説教するのをやめた。
彼が私を必要とするのと同じように
私もこのアルコホーリクを
必要としていることが分かったのだ。
まさにこれだった!
このギブ・アンド・テイクこそが
今日
AAの12番目のステップ活動の
核心をなしている。


ボブはこの時の会話を
下記のように語っている。


ビルはアルコホリズムの情報を私にくれ
それが役立ったのは疑うべくもない。
何よりも大切なのは
ビルは自分自身の体験から
アルコホリズムなるものが
何なのかを身をもって知っていた
私が話した初めての人間だったことだ。
言い換えれば
ビルは私の考えを話した。
彼はすべての答えを知っていたが
それは本から得た知識ではなかったのだ。


ようするに
ボブにとって重要だったのは
話しているのが
もう一人のアルコホーリクである
という事実だったのである。


もしも
この時ボブに
ウィリアム・ジェームズ
カール・ユング
ドクター・シルクワース
フランク・ブックマンと
オックスフォード・グループの全員が
話しかけたとしても
しょせんは
ありきたりの講義で
終わっていた事だろう。


ドクターボブの娘、スーは
ビルに下記のように語っている。


父は
あなたとお話しできた事で
すっかり夢中になっていました。


何もかも話してくれたわけではありませんが
父は
2人は同じ問題を抱えているので
あなたとはうまくいく
と言いました。
父は
独りぼっちではないと気づいたのです。
オックスフォード・グループの場合には
自分と共通の問題をもっているとは
感じられなかったと
父は言っていましたから。



アルコホーリクス・アノニマスは
経験と力と希望を分かち合って
「共通する問題」を解決し
ほかの人たちも
アルコホリズムから回復するように
手助けしたいという共同体である。

×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。