アルコール依存症からの回復

アルコール依存症からの回復のステップ

ビッグブックのステップ3

私たちの意志と生き方を
自分なりに理解した神の配慮に
ゆだねる決心をした


ピーター神父の訳は


われわれの意志と「いのち」の方向を変え
自分で理解している神
ハイヤー・パワーの配慮に
ゆだねる決心をした


ビッグブック 第五章 では


神にはそれができ
求めるならばそうしてもらえること


英語原文では


Made a decision to turn our will
and our lives over to the care of God as we understood Him.


正英は小さい頃
2つのお菓子のどちらを選ぼうかと考えた時


「どちらにしようかな?神さまの言うとおり」と
自分の意志を神さまにゆだねていたように思います(*^_^*)
そして子供の頃の正英の目にうつる全てのことは
神さまからのメッセージであったとo(*⌒―⌒*)o



やさしさに包まれたなら - 荒井由実(松任谷由実)


それでも
AAにつながって
神さま、ハイヤー・パワー、霊的という言葉には
拒否反応を示していました。


神さまが正英のアルコール依存症を
解決してくださるとしても


ステップ1でアルコールの肉体的アレルギーと
1人で生きていく事に「無力」を認め


ステップ2の
「自分を超えた偉大な力」は
AAミーティング
仲間
宇宙の神秘 など
「自分を超えた偉大な力」が
あるのだろうと信じる事ができました。


星の王子さまの一節が心に響きました。


心で見なくちゃものごとは
よく見えたいってことさ
かんじんなことは
目に見えないんだよ


そう
空気は目に見えない
しかし
肌で感じる事ができる と


神さまを
神学者のように
言葉で説明する事は正英にはできません。


神さまを目で見て頭で理解しようとしていましたが


神さまの存在は
心の目で見て


神さまの意志は
心の耳で聞き


神さまは肌で感じるのでは と


正英は思える事ができました。


正英にとって
ステップ3は
「ゆだねる」ステップから「決心する」ステップに
理解が変わり
気が楽になったように思います。


そう思えるのは
「決心」する事により行動に移すことができたからであり
行動のステップ4~10を踏んだ結果
ステップ11の生き方をしてみようとと
正英が思えた事だと思います。


祈りと黙想を通して
自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを深め
神の意志を知ることと
それを実践する「力」だけを求めた


それが
正英にとってステップ12の
「私たちは霊的に目覚め」
「すべてのことにこの原理を実行しよう」だと


これらのステップを経た結果
私たちは霊的に目覚め
このメッセージをアルコホーリクに伝え
そして私たちのすべてのことに
この原理を実行しようと努力した


正英はそう思います。



以下
ビッグブックのステップ3を引用します。


私たちはアルコホーリクであり
自分の人生が手に負えなくなったこと


おそらくどのような人間の力も
私たちのアルコホリズムを
解決できない事


神にはそれができ
求めるならばそうしてもらえる事


この考えを踏まえて
私たちは
第3ステップのところに立った。


初めに必要なのは
自分の意志で突っ走ろうとする人生は
うまくいくものではないと受け容れることだ。
そういう人生は
どんなに良い事を目指していてもまず年がら年中
人との間に
あるいは何かの事でごたごたが絶えない。
ほとんどの人は
自分の力でなんでも進めて生きていこうとする。


誰もが
何もかも取り仕切りたがる役者のようで
照明を
踊りを
舞台装置を考え
全部の出演者を
自分のやり方で動かそうとする。


自分本位で
利己主義
それが私たちの問題の
おおもとなのだ。
怖れ
自己欺瞞
身勝手
自己憐憫
さまざまな形のそうした感情に駆り立てられて
私たちは人の足を踏みつける。
相手も踏み返す。
時には理由もなしに人に傷つけられる事がある。
だが実は
過去に私たちが
自分勝手な決断をしたために
その結果
いま自分が傷つく立場に立たされているという事に
いやでも気づかされる。


私たちの問題は
実は全部自分で招いた結果なのである。
私たちが自分で問題を起こしたのだ。
気が付いてはいないが
アルコホーリクの行動は
頑固な自我による極端な暴走にすぎない。


私たちは何よりもまず
この頑固な自分本位の考えを捨て去らなければならない。
捨て去らなければ殺される。
だが神の助けなしには自分を捨てる事など
もちろんできない。
だから神の助けが必要なのだ。


その理由と方法について述べよう。
まず
私たちは自分が神のように振舞う事を
やめなくてはならなかった。
そんな事がうまくいくはずはなかったのだ。


次に
これからの人生では神が指揮者であり
自分はそれに従う事を決心した。
神が主で
私たちはその代理なのである。
あるいは神は父であり
私たちは子であるといってよい。
要するに良い考えというものはいつも単純なのだ。
この考えこそが
私たちが自由になるためにくぐった
新しい凱旋門を作る要となる石なのだ。


そういう姿勢で
生きていこうと心から決めた時
さまざまな素晴らしい事が続いた。
私たちは新しいボスを得た。
神は全能であり
私たちが神から離れず
神の動きに従って行動した時
神は私たちが必要なものを
与えてくださった。


その足場に身を置くと
少しずつ
自分のちっぽけな計画や願いに関心がなくなっていった。
世の中に貢献するために
自分ができることのほうに
だんだんと関心が向いていくようになったのだ。
心の平安を楽しみ
人生にうまく向き合える事がわかり
神が自分のそばにいつもいることを
意識するようになるにつれて
新しい力が次々に自分に注がれるのを感じた。
今日の
明日の
そして未来の怖れは消えていった。
私たちは生まれ変わったのだ。


この霊的なステップは
妻とか親友
宗教者などのような理解ある人と
一緒に行う事が望ましい事がわかった。
だが
誤解をされる怖れのあるような
誰かと一緒にするくらいなら
一人で神に会うほうが良い。
もちろん
どういう事を話すかは
自分の考えをありのままに
口に出していけばよいのであって
まったくの自由である。
それはほんの始まりにすぎない。
だが
正直に
謙虚に行っていけば
すぐに非常に大きな力が働いている事が感じられる。


神よ
私をあなたにささげます。
あなたの意志のままに
私を利用してください。
私が自分勝手な思いから解放されて
あなたの意志を実行できますように
どうぞ導いてください。
私の困難をどうか取り除いてください。
その結果として
私の勝利が
あなたの力
あなたの愛
あなたにもらった生き方の証となりますように。
私が手助けしたいと願う人たちにとって・・・
私がいつもあなたの意志を行う事ができますように!

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