アルコール依存症からの回復

アルコール依存症からの回復のステップ

ビッグブックのステップ11

祈りと黙想を通して
自分なりに理解した神との
意識的な触れ合いを深め
神の意志を知ることと
それを実践する力だけを求めた


ピーター神父の訳は


自分で理解している神との
意識的触れ合いを深めるために
神の意志を知り
それだけを行っていく力を
祈りと黙想によって求めた


英語原文では


Sought through prayer
and meditation to improve our conscious contact
with God as we understood Him,
praying only for knowledge of His will for us
and the power to carry that out.


正英は突然の飲酒欲求で
3日間寝込んだことがあります(^_^;)
その時に何を考えていたのか?


辛かった2ヶ月間の連続飲酒のこと


もし一杯の酒に手をつけたら
連続飲酒でおそらく「死」を迎えること


何故そのように考えることができたのか?


ステップ11を自然と口ずさんでいたからだと
今ではそう思っています。


祈りと黙想を通して
自分なりに理解した神との
意識的な触れ合いを深め
神の意志を知ることと
それを実践する力だけを求めた


なぜ口ずさむことができたのか?
不思議です。


ステップのおかげであると思っています。


ステップ1で
お酒と
1人で生きてゆくことに無力を認め


ステップ2で
自分を超えた偉大な力があることを信じ


ステップ3で
自分なりに理解した神にゆだねる「決心」をし


ステップ4・5・6・7・8・9・10を
行動に移すことにより


その結果として
ステップ3の「決心」から
ステップ「11」を実践する生き方に
正英の人格が変化したのではないかと
そして
ステップ「11」を実践する生き方こそが
ステップ12の霊的目覚めではないかと


正英はそう思います。


以下
ミニー神父の
ステップ11のメッセージです。


ステップ6から12を通して
自分自身と神とのコンタクトを
大切にする事が強調されています。
なぜかというと
アルコール依存症という
病気が進行する過程では
アルコールとのコンタクトが
一番大切になるからです。
最後に一番信じるのはお酒です。
自分に無いものは
お酒が与えてくれるという考え方です。


アルコホーリクの
お酒に対する信仰は強烈です。
それより強い信仰はありません。
お酒を飲むために
自分の生命を捨てても
構わないという信仰です。
アルコホーリクから回復するために
同じくらいの信仰を持たないと回復しません。
依存が強いという事です。
宗教ではありません。
信仰です。
信じる事です。
新しく信じたものとの
コンタクトの質が大切です。
アルコールに対する信仰は悪い結果を生みます。


新しい健康的な信仰の質が
だんだん強くなっていかないと
回復しません。


ステップ10・11・12は
ハイヤー・パワーとの
コンタクトの質
信仰の強さがテーマです。



以下
ビッグブックのステップ11を引用します。


Higher Power,
as I understand You,
I pray to keep open
my connection with You
ハイヤーパワー。
私なりに理解したあなたとのパイプを
いつもつなげておけますように。
and to keep it clear
from the confusion
of daily life.
雑然とした日々の暮らしが
詰まらせるパイプをいつもきれいに
掃除しておけますように。
Through my prayers
and meditations
I ask especially for freedom
from self-will,
rationalization,
and wishful thinking.
祈りと黙想を通して
私はとりわけ頑固な意志や
自己弁護や
希望的観測からの解放を願います。
I pray for the guidance
of correct thought
and positive action.
私を正しい考えや
建設的行動へと導いてください。
Your will, Higher Power,
not mine, be done
私の意志ではなく
ハイヤー・パワー
あなたの意志が
行われますように。


この祈りという主題について
尻込みしてはならない。
私たちより優れた人たちが
絶えず祈っている。
正しい態度で実行すれば
祈りには効果がある。


この課題を
あいまいにしてしまうのはたやすい。
だが
実は私たちは
幾つかの決定的で
貴重な提案ができると思う。



眠りにつく前に
その日の事を
建設的に振り返ってみる。
恨みがましく
自分勝手で
不正直ではなかったか
怖れてはいなかったか。
謝らなくてはならない人はいないか。
誰かとすぐに
話し合うべきだった事を
まだ自分だけに留めてはいないか。
誰に対しても親切で
思いやりがあったか。
何かもっと良くやれたはずの事はないか。
自分の事だけを考えてはいなかったか。
人のために自分は何ができるのか。
人生の流れに自分の何を
差し出せるか考えたか。


朝目が覚めたら
自分の前にある
24時間の事を考えよう。
その日の計画を立てる。
取りかかる前に
神に私たちの考えに導きを
与えてくださるように
とりわけそれが自己憐憫
不正直
利己主義といった事から
切り離されるよう助けを求める。


かつては直感とか
虫の知らせとか
自分には縁の薄かったものが
次第に心の中で大きな流れになってくる。
まだ経験不足で
神との意識的接触を始めて日が浅ければ
いつも霊感が得られるというわけには
いかないだろう。
そこを
うっかりしないようにしないと
色々バカげた行動や考えに
走る事になるかもしれない。
ではあるが
私たちの考え方は時間と共に
霊感に基づいたものになっていく。
それを頼りにするようになっていく。


僕は
自分が考えている事を調べる。
新しく僕が意識している神にすがって。
常識が非常識になる。


*ビルにとって常識とは
問題から逃れるためにお酒を飲むことでした。
非常識とは
飲まずにいて
困難に対して神の導きを求めることでした。


その日の事を思ううちに
決められない事にぶつかるかもしれない。
どうしたものか
決心できないかもしれない。
そんな時
私たちは霊感や直感的な考え
あるいは決断を与えてくださいと神に祈る。
それから気を楽にする。
もがいたりしない。
この方法を
しばらくやってみた後で
正しい答えが得られる事に
私たちはビックリする。


ふつう私たちは
自分にとって次のステップが何か
それをするためには何をすべきかを
1日を通して示してくださいという祈りで
黙想の時間を終える。
頑固な強情さからの解放を特に祈り
自分の利益のためには
何一つ祈らないように注意する。


日が過ぎていくうちに
自分が動揺したり
疑問を抱いたりしたら
立ち止まって一息入れ
正しい考えと行動を示してくださいと祈る。
自分がもはやすべてを
取り仕切っているのではない事を
絶えず思い起こし
毎日
何度も
「あなたの意志が行われますように」 と
謙虚に自分に繰り返す。
そうすれば
興奮
怖れ
怒り
心配
自己憐憫
結果としての愚かな決断に
落ち込む危険はずっと少なくなる。
ずっと効率が良くなる。
自分に合わせて
人生をひねくり回していた頃のように
エネルギーを浪費しないから
疲れにくくなってくる。


これはうまくいく。
実に効果がある。


私たちアルコホーリクは
自己規制力をあまり持たない。
だからこれまで述べたような簡単な方法で
神に訓練してもらうのだ。


しかしそれだけでは終わらない。
一にも行動
二にも行動。
「行動のない信仰は死」なのだ。


神は私たちに絶えず
少しずつ
もっと多くのことをしめしてくれる。

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