アルコール依存症からの回復

アルコール依存症からの回復のステップ

ビッグブック~未来への展望~

ぼくが病院で横になっていた時

ふと考えが浮かんだ。
ぼくにこれほど惜しげもなく無償で与えられたものを
同じように手にしたいと願っているアルコホーリクは
何万人もいるにちがいない。
もしかすると
ぼくはその中の何人かの役に立てるかもしれない。
すると次に
その何人かが
別の人たちに同じことをする・・・


ぼくたちには
深い絆で結ばれた友人がたくさんでき
ぼくたちの中で
共同体は大きく広がっていった。


あの日
ぼくの台所で友人がしてくれたシンプルな話が
回復の連鎖として
一日一日
広がっていく・・・


アルコホーリクには
アルコール無しの人生なんて考えられない。
そしてやがては
アルコールの有る無しに関わりなく
人生そのものについて
考えられなくなってしまうだろう。
その時彼は
誰も知る事のないような孤独を味わう。
彼はまさにギリギリのところにいる。
終止符が打たれるのを
心から待ち望むようになる。


私たちはビッグブックで
そこからどうやって脱出したのかを述べてきた。


アルコホーリクにとって
アルコホーリクス・アノニマスの仲間の集まりは
和気あいあいと陽気におしゃべりをし
心配事
悩みなどを分かち合い
仲間たちと
打ち解けた楽しい時間をすごす事であり
生きている素晴らしさを実感する事である。


そこであなたは
退屈や心配事
悩みからも解放されるだろう。


アルコールに苦しんでいた人たちがもう一度
幸せで
尊敬を受け
人の役に立つような人間になるとは
信じにくいかもしれない。
いったいどうやって彼らは
あの悲惨な
信用もすべてなくした絶望の淵から
脱出する事ができたというのか?


あなたが何よりもそれを望み
私たちの経験を生かそうという意欲を持っていれば
それは必ず起こる。


ビッグブックが
アルコホリズムの世界の潮の流れに浮ぶ命綱となり
行きづまった酒飲みたちがこれにつかまって
提案に従ってくれることが私たちの願いだ。
多くの人たちが自分の足で立ち上がり
前進していくに違いない。


ビル・Wがドクター・ボブと出会ったのは
ウォール街の仕事で
オハイオ州のアクロンへ出張した時の事だった。
だからAAは
ビルが生計を立てていく必要に直面した
努力の中から生まれたのだとも言える。


AAは
1935年5月12日(母の日)に
オハイオ州アクロンで
ビル・Wとドクター・ボブが出会ったことから始まりました。
ボブは2年間
オックスフォード・グループに通っていたので
彼の解決策も行動のプログラムも知っていました。
しかし飲酒はとまらなかった。
ビルはシルクワース博士に言われたとおりに
ボブの問題は
肉体的アレルギーと
精神的強迫観念であると指摘しました。
自分の問題が理解できるとボブはすぐに回復し始めました。


1935年5月11日(土曜日)
ヘンリエッタ・サイバーリングは
ビルからの電話を受けた。


ヘンリエッタに電話をかけたビルは必死の思いだった。
その時まで
ビルは落ち着かず
アクロンの中心街、サウス・メインストリートにある
メイフラワー・ホテルのロビーを
行ったり来たりしていた。


ビルの
株主総会での委任状争奪の仕事は
訴訟にまで持ち込まれた。
裁判ではひどく感情的な言葉を次々に浴びせられ
激しい論戦が続いた。
相手側のほうが持ち株が多く
ビルたちは敗北した。


ビルは落胆した。
悲壮だった。
信用を失い
ほぼ破産状態で
世間から疎外されてしまったような気がした。
飲む事をやめてまだ6ヶ月ほど
まだ心身ともに弱っており
飲んでこそなかったが
自分が危険な状態にある事を悟っていた。
何とかして誰かと話をしたかった・・・


独り落ち込んでいたホテルのロビーにはバーがありました。
ビルは懐かしいアノ感覚に襲われます。
地元の教会の電話番号が書かれたポスターもありました。
ビルは
バーと教会のポスターの間を行ったり来たりして
バーに入るか教会に電話をするか迷いに迷っていました。
ビルはまさしくその時、ビルの人生だけでなく
何百万人ものアルコホーリクの人生を変える事になった
究極の選択をせまられていたのです。


【ビル】
そりゃああの時
僕はバーに行って、ジンジャーエールだけ飲んで
そのまま飛行機に乗って帰れるさ、と思ったよ。
だけど、何かに引き戻されたんだ。
僕は今、危険の真っただ中にいる、そう感じたんだ。
だから
僕は一直線に教会の電話番号の書かれたポスターへ向かった。
きっと今の僕には
他のアルコホーリクと話をする事が必要なんだって
そう感じたんだ。
そして
そのアルコホーリクもきっと
僕を必要としているに違いないだろうと。


バーに入って
ジンジャエールを注文し
誰かと話しをするだけだと
ビルはお決まりの考えに囚われていた。
そして突然の恐怖に襲われた。
この恐怖こそ
まさに幸運の賜物だった。


他の人を助けようとした時
自分自身が飲まずにいられた事を思い出した。
いま飲まないでいるためには
だれかもう一人の酒飲みに話しかけなければならない
と突然ひらめいた。


おまえには話をする
もう一人のアルコホーリクが必要なんだ。
その人がおまえを必要としているのと同じように
おまえもその人が必要なんだ!


ビルは気が付くと
バーの反対側の端にある教会の案内の前に立っていた。
教会の住所録から行き当たりばったりに
ウォルター・タンクスという
聖公会の牧師に電話をかけた。
牧師なら
アクロン周辺のオックスフォード・グループの人を
知っているのではないかと思ったのだ。
牧師は
アルコホーリクをビルに引き合わせてくれそうな
人の名前を10人くらい教えてくれた。


ビルの記述によれば
リストにあった10人のうち9人にまで
電話をかけ終えた時
最後に残っていたのが
ヘンリエッタだったと語られている。


ヘンリエッタはこの時の事を
下記のように述べている。


牧師が教えてくれた何人かのなかの1人が
私の親しい友人の
ノーマン・シェパードだったのです。
このかたは
私がボブのためにしようとしていた事を
あらかじめご存知でした。
それで
ノーマンはビルに
「今夜
私はニューヨークに発たねばなりませんが
ヘンリエッタ・サイバーリングに電話をしてください。
彼女がお会いするでしょうから」と言ったのです。


ビルは
私は
オックスフォード・グループの者ですが
ニューヨークから来た酔っぱらいなのです と
彼女に伝えた。
自分が飲まずにいるためには
もう一人のアルコホーリクを手助けしていく
必要がある事を彼女に説明した。


彼女はビルに下記のように話した。
私はアルコホーリクではありませんが
あなたがおっしゃる霊的な事は
私にも理解できると思います。
あなたが手助けできそうな人を知っています。
これからすぐにいらっしゃいませんか?
私はこれまで
数々の困難な問題に取り組んできており
その回答の多くを
オックスフォード・グループの中に
見いだすことができました。
ちょうどいい人がいます。
ボブは一生懸命お酒をやめようとしました。
治療を受け
宗教的なアプローチも
オックスフォード・グループもやってみました。
ボブは
全力を尽くしていろいろやってみたのですが
どういうわけかうまくいかないようです。
ドクター・ボブとアンのご夫婦と
話をしてみたらいかがでしょう?


ヘンリエッタ・サイバーリングは
アンに電話をし
ボブの助けになってくれる人を
引き合わせたいから来ないかと言った。


ところがボブは
母の日のための鉢植えを家に持ち帰り
台所のテーブルの上に置いたまま
そのまま床に崩れ落ちたあと
昏睡状態に陥ってしまった。


1935年5月12日(母の日)
ビル・Wとドクター・ボブが出会う。


翌日
その女性はまた電話をしてきた。
全然気乗りはしなかったが
儀礼的にボブは
「行ってみよう」と言った。
アンには
15分以上は長居しないという約束を
取り付けた。


ボブとアンは彼女の家に夕方17時きっかりに入り
そこを離れたのは
夜更けの23時15分を回っていた。


ビルはこの時のボブの様子を
下記のように語っている。


ボブは
やがて私のパートナーとなり
一度として口論など起こす事のない
最高の親友になるのだが
その時は
とても創始者といわれるような
人物には見えなかった。
ひどく震えており
ソワソワして落ち着かず
15分しかいられないと言うのだ。
一杯飲んだ方がいいんじゃないかと
私がボブに言うと
少し当惑したようすだったが
幾分明るくなった。


そして
ビルはこの時の会話を
下記のように語っている。


完全にお互いさまのことだった。
私は説教するのをやめた。
彼が私を必要とするのと同じように
私もこのアルコホーリクを
必要としていることが分かったのだ。
まさにこれだった!
このギブ・アンド・テイクこそが
今日
AAの12番目のステップ活動の
核心をなしている。


ボブはこの時の会話を
下記のように語っている。


ビルはアルコホリズムの情報を私にくれ
それが役立ったのは疑うべくもない。
何よりも大切なのは
ビルは自分自身の体験から
アルコホリズムなるものが
何なのかを身をもって知っていた
私が話した初めての人間だったことだ。
言い換えれば
ビルは私の考えを話した。
彼はすべての答えを知っていたが
それは本から得た知識ではなかったのだ。


ようするに
ボブにとって重要だったのは
話しているのが
もう一人のアルコホーリクである
という事実だったのである。


もしも
この時ボブに
ウィリアム・ジェームズ
カール・ユング
ドクター・シルクワース
フランク・ブックマン
オックスフォード・グループの会員が
話しかけたとしても
しょせんは
ありきたりの講義で
終わっていた事だろう。


ドクターボブの娘、スーは
ビルに下記のように語っている。


父は
あなたとお話しできた事で
すっかり夢中になっていました。


何もかも話してくれたわけではありませんが
父は
2人は同じ問題を抱えているので
あなたとはうまくいく
と言いました。
父は
独りぼっちではないと気づいたのです。
オックスフォード・グループでは
自分と共通の問題をもっているとは
感じられなかったと
父は言っていましたから。


アルコホーリクス・アノニマスは
経験と力と希望を分かち合って
「共通する問題」を解決し
ほかの人たちも
アルコホリズムから回復するように
手助けしたいという共同体である。


ドクター・ボブは
1935年6月2日(日曜日)
アメリカ医学界総会のため
アトランティックシティ行きの列車に乗り込むと
すぐに手当たりしだいに飲み始めてしまった。
6月3日(月曜日)
夕食までしらふで通したが
バーで思い切り飲み
それから部屋に戻って飲み続けた。
6月4日(火曜日)
朝から飲み始め
アクロンへ戻るため駅に向かったボブは
途中でさらに酒を買い込んだ。
その後の記憶がボブにはなく
6月6日(木曜日)
ボブのクリニックの看護師夫婦の家で目を覚ました。
アンとビルがボブを迎えに行き、ボブの家まで連れ戻した。
ボブが帰宅した時
6月10日(月曜日)には、手術執刀を控えている事が分った。
6月7日(金曜日)、8日(土曜日)、9日(日曜日)
ボブは酒を抜いた。
6月10日(月曜日)
ボブ、アン、ビルはパニックに陥っていた。
はたしてボブに手術執刀ができるのか?
緊張しすぎても、震えていても手術はできない。
メスの手元がひとつ狂えば
患者の命を奪う事になるのだから。
手術執刀のため市立病院へ向かう途中
ボブは時折
自分の手をかざして
震えがおさまっているかどうか調べていた。
車が止まる寸前
アンと同じく現実主義者だったビルは
ボブにビールを一本、手渡した。


1935年6月10日午前9時頃
ビルが手渡した一本のビールが
ボブの飲んだ最後の酒となった。


その地はアクロン
時は1935年6月10日
アルコホーリクス・アノニマスの
奇跡の回復の連鎖が始まった。


それからビルとアンは帰宅し
手術の結果を待つ事になった。
それから何時間もすぎてから
ボブから電話が入った。
手術は成功したのである。
だが
その電話の後
ボブは帰ってこなかった。


ビルとボブが初めて出会った時には
ボブは
自分の飲酒の問題がまだ誰にも知られていないという
アルコホーリクに共通する
おなじみの強迫観念をもっていた。
自分の飲酒の問題をみんなに認めるわけにはいかない。
その人たちのおかげで生計を立ててこれたのだ。
そんな事をみんなに明かして
家族の立場を一層悪くし
自分の今後の仕事まで無くせというのか?
何だってする気はある。
でもそれだけはできない。


ボブは手術が成功すると勇敢にも
これまで怖れていた相手の人たちに
自分の飲酒の問題について話しに行った。
驚いた事に
みんなはちゃんと受け入れてくれた。
多くの人がボブの飲酒の事を
すでに知っていたのも驚きだった。
ボブは自分の車で
自分が傷つけた人たちの所を
片っ端から回った。
そうしながら身震いを止める事ができなかった。
特に仕事関係の人たちの場合
廃業に追い込まれる可能性があったからだ。


夜遅く
ボブは疲労困ぱいしながらも
とても幸せな気持ちで家にたどり着いた。


ボブは
地域社会でも非常に重要な人物となり
30年間の飲酒のためにできた借金も
4年で償う事ができた。


ビルとボブは
アルコホーリクを探して病院に行き
ビル・Dという男に会いました。
そしてその男に問題と解決策について話し
行動のプログラムを伝えました。
彼はそれを受け容れ
実行し
そして回復しました。


これは
ビル・Wとドクター・ボブが最初に
AAの3番目のメンバーとなった
ビル・Dを訪ねた時の事。
これが1935年
オハイオ州アクロンにおいて
最初のAAミーティングとなった。


いまや彼らは
自分たちが見つけたものを
他の人たちに与えていかなくてはならないと感じていた。
そうでなかったら
自分たちは生き残る事はできないのだ。


他の人を見つけようとして何度か失敗するうちに
評判を聞きつけた知り合いに紹介され
向う見ずな若者アニーが現れた。
これがAAのヤングの集まりの草分けではないかと思う。
このアニーというニューカマーは
手も付けられないほどの乱暴者だったが
回復するのは非常に早く
すぐにAAの4番目のメンバーとなった。


彼らは
人生に全く新しい何かを見つけた。
もし自分が飲まないで生き続けたかったら
他のアルコホーリクを助けなくてはならない事を
よく理解していたが
動機はどうでもよくなっていた。
それよりも
他の人のために自分自身を与えていくなかで
見つけた幸福感のほうがまさっていたからだ。


彼らは
お互いにできるだけ会うようにし
ほぼ毎晩のように誰かの家に集まった。
解放の喜びにあふれる彼らは
いつも頭の中では
どうやったら彼らが見つけたものを
新しい仲間にも与えられるだろうかと考えていた。


直接、飲酒の問題とは関係ない人たちも
関心をもつようになった。


オックスフォード・グループの
T・ヘンリーとクラレンスのウィリアムズ夫婦は
自分たちの大きな家を自由に使うよう申し出てくれた。


混乱した妻たちがたくさんこの家を訪れた。
そこで
彼女たちは同じ問題を経験した
女性たちの愛情に満ちた思いやりに触れる事ができた。
夫たちの口からは直接
彼らが以前はどうだったかという話を聞く事ができ
片意地な夫が次に飲んだ時にはどう対処して
どう入院につなげたらいいのかなどの助言が与えられた。


多くの男たちが
まだ退院したばかりでぼうっとした状態ながらも
自由への敷居をまたいでその家にやってきた。
彼らは
その家に集まる楽しそうな人たちに
圧倒されずにはいられなかった。
自分自身の不幸を笑い飛ばし
彼らの事をほんとうに理解してくれるのだ。


女性たちの顔からうかがえる表情
男たちの目から発せられる説明のつかない何か。
その場所にある励まされるような
胸をときめかせるような雰囲気
それらがすべて重なって
求めていた安息の地がここにあった事を
彼らに悟らせるのだった。


どんなに信用を落とした人であれ
ひどく落ちぶれた人であれ
本人にやめる気さえあれば
誰でも心から歓迎される。
社会的な差別
くだらないライバル意識
嫉妬
これらは一笑に付される。


AAの共同体はその規模も範囲も
目覚ましい広がりを見せているが
その核心はいたってシンプルであり
個人を主体にしたものである。


今日も
世界のどこかで
一人のアルコホーリクが
他のアルコホーリクと
経験と力と希望を分かち合う時
回復が始まっている。


あなたにもできるはずだ。
たとえあなたがいま
ビッグブックを手にしたばかりだとしても。
あなたが始めるに当たって必要な事は
何もかもビッグブックに書かれていると
私たちは信じており
また、そう願っている。


必要なのは
やる気
忍耐
そして行動である。


この本は
あくまでも提案のつもりで書かれた。
私たちが知っていることは
ごくわずかであることを
よく承知している。


神は私たちに絶えず
少しずつ
もっと多くのことを示してくれる。


毎日朝の黙想の時
今苦しんでいる人たちに対して
自分に何ができるかを
神に尋ねる。


自分のことが
きちんとできているならば
必ず答えは与えられるはずだ。
自分がまだ手にしていないものを
人に手渡すことができないのは
はっきりしている。


神との関係が正しいものであるかに
常に目を向けているように。


そうすれば
あなたにも数えきれないほど
たくさんの人たちにも
素晴らしい出来事が
起こるようになるだろう。
これは私たちの偉大な事実なのだ。


あなたが理解している神に
あなた自身をゆだねるように。


神に
そしてあなたの仲間に対して
自分の欠点を認めるように。


過去の残骸を
きちんと片づけるように。


あなたが見つけたものを
惜しまずに存分に
人に分け与えるように・・・


私たちの
仲間になってほしい。


この霊的な共同体のなかで
私たちは
いつもあなたと共にある。


あなたが幸せな運命への道を
きり開きながら
一歩ずつ歩みを進める時
必ず私たちの仲間と
出会うことだろう。


その時まで
神の祝福と恵みが
いつもあなたにありますように。



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